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戸棚

母さんの戸棚に手を掛ける
指を掛ける
その引き戸に
震える指を掛ける
そろそろと空けた隙間から
干からびた記憶の砂塵が
さらさらと流れ落ちる
見たくも感じたくもないのに
期待の片鱗が思わせぶりに目を伏せるから
怒りを握り潰しながら
私はまた引き戸に指を掛けてしまうのだ

もうまっぴらだ!
母さんの幻覚なんて
母さんの幻聴なんて
でもそれはすべて私の身勝手な幻想だと
母さんはきっと思うだろう

「私ね、これからお友達と映画に行くの」
「お友達って誰?」
「あら、女学校じゃない!」
それは嬉々として子供のように
凛として自慢げに
「ねえ、母さんさぁ いつ卒業したの?」
「去年!」

貴女はあなたの現実の中を自信を持って歩いている少女
私の現実は虚構だと断定できるほどに
私の悲しみなんて貴女の冷笑の先に潰される
夏の終わりの蚊のようにあっけないもんさ
血を吸う前に潰される

毎日違う名前の友人達が母さんの前に立ち現れる
毎日どこかへ出かける
日々懐かしい知人達に囲まれて過ごしている
嬉しそうな貴女が憎らしくなる

もしも私の背中に白い翼があったら
輝く微笑みを貴女にあげる
けど・・・・・
あいにく見えるのは
古びた仏壇と
ポータブルトイレと
しみだらけの畳と
介護ベッドの上の
呆けた目の母さんだけだ

それでも母さん
貴女の戸棚に触れたい
あきらめの悪い私の期待が
貴女の唇を見つめているから
すべてジョークだとわからせてくれるまで
愚かでもいい
干からびた胎盤に出逢えるなら
愛情なんてなくてもいい
もう一度だけ私を見て!
もう一度だけ私の名前を呼んでください
# by kayo817 | 2013-08-04 10:54 | mother

Colony

ずいぶんと空が高くなった
ここにはカンパニュラやスイートピーが
今を盛りと咲き誇っている
夏の尾が空き地を巻き込んでいるのだ
抱きしめれば跳ね返す程
弾力のついた低木の下から
干からびた記憶が
莢を漬けたまま這い出してきた
もう白くなって透けることもしないから
障りない笑顔だけ被せて
抜け穴から逃がしてやった
そうだ 気づかう事はない
私は凛としている
樹木達も凛としている
そして朽葉は美しい
母の形をしているからだろう
残照に包まれて夜を向かえるたび
私の空き地はスフレのように柔らかくなる
眠気は溶解度を高くする
草木も花もゴムのように折りたたみ
私はそれを朝まで土の中に沈めるのだ
越冬はしない
地が昂揚しているから冬にならないのだ
ここには怯えた目の者はひとりもいない
空に向かって「ありがとう!」と言った日から
私の空き地が賑やかになった
# by kayo817 | 2013-03-29 21:22 | mother

母と猫のいる風景

丸まって眠る猫は温かい
あるがままに生きているだけなのに
見ていると気持ちがほっこりしてくる
私には母が月に見える
年を重ねて真昼の月になった
時折の激しい満ち欠けもなく
記憶は靄にくるんで・・・
いいじゃない お母さん
そのままで
猫は猫を生きているだけなのに
あんなに丸くて温かい
存在の心地よい重さ
私は傍らに深く感じる
# by kayo817 | 2013-03-29 21:07 | mother

ドーリィ

不思議な国の不思議な時代
私は幼い少女だった
それは ある日突然現れた
小さな胸に押しつけるように
宛われた布製の人形
お仕着せの晴れ着のよに
ぎこちなく私のものになろうとするそれを
大人達は安堵した目で嬉しそうに眺める

のっぺりとした白い顔に
大きな黒い目と赤い小さな口があった
頬の色は覚えてないが
顔を包む大きなつばの帽子を被り
赤い布の服を着ていた
藁の詰まった胸を押すと「ママー」という
それが何なのかわからないまま
私は「ママー」という音を楽しんだ
小さな指をいっぱいに反らせて胸を押す
「ママー」
そう あれは音だ
決して声ではない
愛おしさも育たぬうちに
人形は私の胸から去っていった

数年が過ぎ
私の腕の中にはブロンドの髪の人形がいた
青い目のその子を「はなちゃん」と呼んだ
はなちゃんは止まった微笑みで
いつも私を包んでくれた
ためらうこともなく全てが流れていく
誰も居ない部屋
はなちゃんと二人
私もドーリィ・・・
静まりかえった室内に
はなちゃんの声だけが聞こえる
そして私も答える
「私がお母ちゃんだよ」と

不思議の国の不思議な時代
赤い靴に怯えていた子供達のことを
私は知らない
青い目にされる恐怖を
私は知らない
「ママ」という言葉で母親が振り向くなんて
私は知らない
わかっているのは私がはなちゃんのお母ちゃんだと言うこと
# by kayo817 | 2013-03-29 21:04 | mother

窓辺の春

こんなにも待っていたのだから
日射しの当たる窓辺へ母を誘いたい
透けるような白い頬に
春の花の香が似合うかもしれない …

三度目の骨折で入院した母を見舞う
「こんなんなってしもうた。いつ治るんやろうか・・・」
乾いて骨張った腕を撫でさすりながら
母は訴えるような目で私を見た
毎日会っていても
「長いこと見なんだ」と
その淋しさが私を小突く
慈しみなのか苛立ちなのか
得体の知れない感情がムラムラと盛り上がって
胸の奥に握り拳をつくる
ああ・・・やはり淋しいのだ・・・
「今」だけが現実の母には
長い長い待ちの時間が辛いのだ
それからいつものように
今は亡き親族の安否を
ただそれだけを
一時間の時の中で幾度も繰り返したづねる
うんざりした気持ちをジョークで覆い隠して
私も同じ答えを繰り返す
先が見えても困る
先が見えなくても困る
それはすべて私のエゴなのだけれど・・・

母が目を見開いて天井に目を這わせている
まるで時の壁を手探りするように
私には何も出来ない
その不安から救い出してあげることも
せめて母に心を添わせて
春の花を探しに行こうか・・・
# by kayo817 | 2013-03-29 20:54 | mother